Masuk初めてを、二人で積み上げる——
暦は七月になっていた。もうすぐ、
先日の件で、僕たちの仲は公認カップルとして認められていた。
思い出すと熱が戻ってくる。だから、あの日の記憶を、頭の隅に閉じておく。
最近は、そのおかげで恋人だという実感が、少し追いついてきた。
部活後の帰り道。いつものように並んで歩く。自然と手を取り合うくらいには、距離が近くなっていた。
「
「夏の予定は何かあるの?」
「部活と……お盆におばあちゃんの家に行くくらいかな」
結城さんの足取りは、スキップしそうなほど軽い。
「今年の夏は、いっぱい遊ぼうね」
「うん、僕も楽しみだよ」
「夏祭りも行こうよ!」
心臓が、一拍遅れて跳ねた。
——デートだ。
まだ二人きりで出かけたことはない。夏休みの楽しみが、どんどん増えていく。
「ところで……直哉くん」
「ん、なに?」
「いつになったら、名前で呼んでくれるの?」
「えっ……」
公表した日から、結城さんの呼び方は変わった。だけど、僕はまだ踏み込むことができない。
「……もう少し待って、ね」
「えー」
頬を膨らませる彼女に見惚れていると、今後は睨まれた。
(全然、怖くないや)
僕の口元が緩んだのがバレて、さらに彼女は膨れた。
夏休みに入っても、僕たちは毎日のように学校へ行く。結城さんはもとより、僕も最近は特に創作熱が高まっている。
祭りは八月に入ってすぐに行われる。それまでの毎日は、今までにないほど充実していた。
そして、夏祭り当日がやってきた。
僕は先に約束の場所に到着する。結城さんを待つ時間も悪くない。今日も暑かったが、夕方になり過ごしやすくなってきた。
その時スマホが震えた。通知が守からのLINEがあることを告げる。
スマホを確認すると『がんばれよ』の一言だけ。僕の身体から余計な力が抜けていく気がした。
「直哉くん、お待たせ」
待ち合わせ場所に現れた結城さんを見た瞬間、言葉が出なくなった。
淡い水色の浴衣。髪が結い上げられている。いつもと違う彼女が、こちらを見て首を傾けていた。
「……どう、似合ってない?」
「可愛い、よ」
思わず口から出ていた。
結城さんの目が、大きく見開く。それから、いつもの目を細める笑い方。頬が一気に赤くなった。
「もう……そう思ったのなら、最初からそう言ってよね」
「描きたくなるくらい……綺麗だから見惚れてた。ご、ごめん」
「ふぁ」
変な声を出して、結城さんは背中を向けた。耳も赤いが、うなじまで赤く染まってきた。
「な、何でそういうことは、すんなり言えるの?」
「どういうこと?」
「もういい……行こ?」
結城さんは背を向けて歩き出した。僕は慌てて追いかける。
商店街の両端を屋台が埋め尽くしている。終点となる神社に近づくにつれ、人はどんどん増えていく。屋台の匂い、子どもの笑い声、太鼓の音。全てが混ざり合い、夏の空気になっていた。
最近は守としか来ていなかった祭りが、今日は何もかも新鮮な光景に感じていた。すれ違う人が振り返るのも、なかなか体験できないことだった。
人混みに押されて、結城さんがよろける。
僕はとっさに手を取った。結城さんは何も言わないが、少しだけ強く握り返してきた。
神社に向かってゆっくり歩きながら、屋台を覗く。結城さんは、りんご飴とたこ焼き。僕は焼きそばを買い、二人で食べた。
「結城さん、意外と食べるよね」
「うっ……言わないで……」
「いいと思うよ、ダンスって消耗するでしょ?」
「そうだけど……」
食べる姿が一生懸命で、ずっと見ていられる。僕は笑いを堪えながら、飲み物を手にした。
「はい、どうぞ」
「ありがとー」
その穏やかな横顔は、屋台の灯りに照らされて神秘的な雰囲気を纏っている。
「……また、見てる」
「うん、結城さんの横顔……本当に綺麗だから」
「うー。また、そういうこと言うんだから」
結城さんは顔を伏せてしまった。その仕草を見ていると、また口が緩む。
「結城さん。近いうちに、結城さんの絵、描かせてよ」
「えっ、描いてくれるの?」
伏せていた顔をあげて、目を輝かせる。表情がコロコロと変わるので、見ていて飽きない。
スマホで時間を確認すると、後三十分ほどで花火が上がる時刻だ。僕たちは花火が見やすい場所を探すことにした。
人混みから少しだけ離れた場所で、二人並んで座る。
夜風が、結城さんの浴衣の袖を揺らしていた。
「ねぇ」
さっきより、祭りの喧騒が遠く感じる。
「どうしたの?」
「……来年も、また一緒に来れるかな?」
声に滲む重さを感じて、僕は結城さんに視線を移す。
「うん、来よう。二人で」
結城さんも僕に顔を向ける。
「……なんで、言い切れるの?」
「ずっと、一番近くで見ていたいと思うから……」
その言葉が、僕の中から溢れ出た。結城さんは、前を向いた。そしてゆっくりと、僕の肩に頭を預けてくる。
その感触を感じた時、僕は息を止めた。
「……約束だよ」
やがて——花火が上がった。
大きな音と、瞬く光。人混みがどよめく。
僕たちは立ち上がり、空を見上げる。光が弾ける度に、その振動を身体に感じる。
「わぁ! すごい、すごい!」
結城さんは無邪気に小さく飛び跳ねている。
「うん、綺麗だね」
歓声をあげる彼女に、顔を向ける。
夜空に花火が咲くたびに、その横顔が色を変える。
(綺麗だ——)
大きな瞳に花火を映し、彼女は微笑んでいる。
もう、花火の音は——聞こえていない。
僕が見ているのは、彼女だけ。
気づけば、手を伸ばしていた。
彼女が僕に顔を向ける。
何だか、少し驚いたように目を開いた。
僕の手が、彼女の頬に触れた。
そして——
彼女の唇に、軽く触れるだけのキスをした。
ほんの一瞬、でも時間が止まった——
花火は終わりに向けて、盛り上がりを演出している。
音も、周りの歓声も戻ってきた。
彼女の顔を伺うと……真っ赤だった。でも、目を細めて微笑んでいる。
「……直哉くんが、してくれるとは思わなかったよ」
「……ごめん」
「なんで謝るの」
僕は息を整える。
「さ、
「えっ……」
小さな驚きの声を出して、沙友里が顔を向ける。
「やっと……やっと、呼んでくれたね」
今だけは沙友里の方を見れない。だけど、繋いだ手は離さない。
「来年も……その、沙友里と二人で花火が見たいな」
「ふふっ……じゃあ、ずっと独占しててね、直哉……」
——そうか。今夜だけは、みんなのアイドルを独り占めしていたのか。
花火の音よりも、心臓の音が一番大きかった。
第十四幕 ありがとうを返す日 ありがとうを、どう返せばいいのか—— 「ホワイトデーのお返し、俺たちも手作りで返そうぜ!」 守が、突然思いついたように言い出した。「……守は、お菓子作りしたことあるの?」 「ない!」 「じゃあ、無理だよ……」 僕も考えなかったわけじゃない。だが、お菓子作りどころか、僕は料理にもまったく自信がない。この様子だと、守も同じだと思った。 だけど——「いいね、やろう」 黒崎くんが、普通に賛成した。 肩を落としていた守の顔が、一気に輝き出した。「黒崎、できるのか?」 「うん、俺は結構得意だよ」 「俺は信じてたぞ!」 そう言いながら守は、黒崎くんを抱きしめた。さすがの黒崎くんも、本気の抵抗を見せる。「なら、何とかなるかも……守、やろうよ」 「それでこそ直哉だ! 場所は直哉の家な」 「うん、大丈夫だと思うよ」 手作りは諦めていたけど、黒崎くんのおかげで何とかなるかもしれない。黒崎くん頼みになるのは申し訳ないけど、僕は急にやる気が出てきた。「相沢……とりあえず、離れてくれないかな」 運良くホワイトデーの前日に、三人で集まることができた。 場所は、僕の家。守と黒崎くんを連れていくと、母さんが驚いた顔をしていた。 早速、台所でお菓子作りを始めた。 守はやる気だけは、誰より高かった。 最初の五分で、小麦粉を盛大にぶちまけていた。「料理って、こんな難しかったか?」 「とりあえず守は、黒崎くんの指示に従って」 クッキーを作ることが、こんなに難しいとは思っていなかった。守の影響で、手間が増えている点を考慮しても、大変なのは間違いない。「相沢は、一旦落ち着いて。桐谷は、丁寧でいいね」 僕は黒崎くんに確認しながら、慎重に型を抜いた。(|
彼女の世界は、どこまでも広がっていく—— 芸能コースが動き出し、一ヶ月が経った。 放課後になれば、沙友里たちはレッスン場へ向かうのが当たり前になっていた。 ダンス、ボイトレ、基礎体力、ストレッチ。気がつけば、放課後の予定は毎日埋まっている。 帰り道、沙友里は少し疲れた顔をしていた。でも——目は輝いていた。「毎日、大変だけど……楽しいよ」 「疲れてない?」 「大丈夫! 夢に近づいている感じがするから」 僕には、心配することしかできない。でも、沙友里の顔を見ていると、この疲れも夢へ向かう一歩なんだと思えた。 二月十四日が近づいてきた。 付き合ってから初めてのバレンタインデー。何だか意識してしまう。男子たちも、どこか落ち着かなかった。 漫研の部室で、スケッチブックを開いていると、守が隣に座った。「なぁ、直哉……さゆりんは、チョコくれると思うか?」 「……なんで僕に聞くの?」 「お前の彼女だから」 それはそうだけど。「分からない……だけど、もらえたら嬉しい」 「素直だな」 守がニヤけた。「ちなみに俺は、十個くらいはもらえると——」 「思わない」 「最後まで聞けよ!」 この日も、沙友里が終わるのを待って一緒に帰った。 僕たちは今日も、手を繋いでいた。「最近ようやく、里奈と七瀬と仲良くなってきたよ」 「……同じ一年生の?」 「そう! 一般応募で入ってきた、貴重な同い年だからね」 確かに、沙友里は最近よくその二人の話をしていた。「里奈も七瀬もすごいよ。どんどんダンスが上達してる」 「元々の運動神経がいいんじゃない?」 「それはあるね。里奈は身体を大きく動かすし、七瀬は何か雰囲気のあるダンスするんだよ」 沙友里は、空いている腕を大きく動かしながら、二
「覚悟を見ます」——その言葉の重さを、僕はまだ分からなかった。 合格発表の数日後の放課後、レッスン場には多くの見学者の姿があった。「見られることは、仕事の一部です」という城ヶ崎さんの方針で、基本的には見学自由ということになっていた。 手の空いている先生や、アイドル好きの生徒、ただの野次馬まで。そして、部活で来られない黒崎くん以外の僕たちも、隅の方で見学することにした。 時間になると合格者二十五名が、レッスン場の中央に並んだ。そして、上野先生と城ヶ崎さんが、悠々と歩きながら入ってくる。「皆さん、おはようございます」 城ヶ崎さんの声は、相変わらず柔らかい。「今日から私は、皆さんの一番の味方です」 その言葉に、何人かが安堵した表情を見せた。「でも——甘やかすつもりはありません。プロのアイドルになるのですから」 空気がスッと変わった。「私の仕事は、皆さんをステージに連れていくこと。そのために、オーナーに雇われています」 軽い冗談のように言ったので、少しだけみんなも笑った。その笑顔は変わらない。「だけど、スターにしてあげることは——できません」 誰も声を出さなかった。 城ヶ崎さんは、時間をかけて全員を見渡してから口を開いた。「私が見るのは、才能もそうですが……覚悟です。その覚悟を、今日から少しずつ見せてくださいね」 その一言が、レッスン場の温度を完全に変えていた。「では、プロの第一歩として……」 誰かの唾を飲み込む音が、聞こえてきそうだった。「自己紹介をしてもらいましょう!」 城ヶ崎さんは、小悪魔的な笑みを浮かべていた。 指示通りに自己紹介の時間になった。全員が前に出て並び、一人ずつ簡単な紹介をしていく。「だけどよ、ダンス部のメンバーは、みんな知ってんだから意味なくない?」 守が抑えた声で囁いた。「相沢くん、バカでしょ。一般応募の子たちもいるのよ」 「それもそっか……梢っち、天才か!」 「むふふ」 きっと、それだけじゃないような気がする。「僕たちへの、正式なお披露目もあるんじゃないかな?」 「それもあるかもね……まずは校内にファンを作ろう、みたいな」 「なんか城ヶ崎って、やり手っぽいもんな」 自己紹介は進み、今はダンス部の一年生が順番にアピールしている
夢を見ているのは、彼女だけじゃなかった—— 冬休みが明けて、始業式の日。僕たちは数日ぶりに顔を合わせた。 教室では休みの間の話題で賑わっていた。誰と誰が初詣に行ったか、お年玉がいくらだったか。普段通りの空気だった。 ただ、沙友里と神楽さんだけは少し違う。二人で向かい合っているが、何も話さない。時々窓の外を見ていた。(今日が、発表だ……) 僕も、同じように落ち着かない日だった。 始業式が終わり、今日はこれだけで終了で帰宅になる。 帰りのホームルームで、担任がプリントを配り終えた後、付け加えるように言った。「ダンス部員は、放課後レッスン場へ集合してください」 教室がざわついた。「本日、オーディション結果の発表がありますが、見学は自由とのことです。興味のある人は、見に行ってもいいですよ」
願うことと、決意すること——それは、似ているようで違う。 冬休み中の十二月末。校内オーディションの面談当日。僕たちは、喫茶ひかりで沙友里と神楽さんを待っていた。「遅いな……」 守は、メニューをもう三回は見返していた。「面談、長引いているのかな」 黒崎くんが、スマホを確認した。「沙友里ちゃんたち、緊張してたもんねー」 高瀬さんは、ポテトをつまみつつ言った。 それから、さらに一時間ほど経った頃、ようやくドアベルが鳴った。「みんな、お待たせ」 神楽さんが震える声で、駆け込んでくる。その後ろに沙友里もいた。
私からあなたへ、あげられるものは何だろう——「沙友里、早く寝なさいよ」「……分かってる」 校内オーディションの面談を、明日に控えた夜。ママにそう言われても、寝れないものは寝れない。 机の上には、直哉からもらったスケッチブック。何度も開いた最後のページには、アイドルになった私が描かれている。 ネックレスに触れながら、私はじっと見つめた。 眠れない夜には、よく直哉とのことを思い出していた。 最初に気になったのは——直哉の手だった。 入学してすぐの頃、窓際の席でいつも絵を描いていた。(キレイな……手だな) その手で鉛筆を持ち、迷いなく動く。何を描いているのか分からなかった
第五幕 伸ばせなかった手 最初に見たのは、ニュースでも記事でもなかった。 SNSから流れてくる噂だった。写真はぼやけていて、夜の街で、二人並んで歩いて
第四幕 距離のかたち 春が終わり、夏が来て、気づけば季節がひとつ進んでいた。高校一年の終わりが近づく頃には、沙友里の生活は、完全にアイドルのそれになっていた。 レッスン、収録、イベント。
第二幕 レッスンの日々 それからの日々は、立ち止まる暇もなく流れていった。 沙友里は本格的なレッスンが始まり、徐々に忙しくなっていく。レッスンがある日は、スタジオまでの送迎だけになった。それ以上は、何もできなかったし、しなかった。
第一幕 繋いだ手 僕たちが中学三年だったあの頃、放課後はいつも騒がしかった。 通っていたのは、大和中学校。そこで僕が所属していたのは漫画研究部——通称漫研。沙友里はダンス部だ。部活帰りの声、下駄箱の音、夕方に近づく校舎の匂い。でもその日、僕たちだけ







